東京にはかつて数えきれないほどの水路がありました。その多くは今、地中に移されるか、 ふたをされるか、上を道路や緑道にされています。これを暗渠(あんきょ)といいます。
暗渠歩きは一部で根強い人気があり、本も何冊も出ています。ただ、たいていは 「失われた川を読む」という歴史や地形の趣味として紹介されます。
この記事はもう少し実用的な話をします。暗渠は、街歩きのコースを自動生成する装置として かなり優秀です。
なぜ暗渠がコースになるのか
理由は単純で、川は区画整理に従わないからです。
道路は後から引かれます。直線で、格子状で、目的地と目的地を効率よく結びます。 川はその何百年も前から、地形だけに従って流れていました。谷の底を、等高線に沿って、 くねくねと。
その流路が暗渠として残っているということは、街の中に「格子を無視して曲がる一本の線」が 通っているということです。そしてその線沿いは、たいてい車が入れないほど細く、 両側は家の裏側で、目的地が一つもありません。
つまり、自分から行く理由が絶対に生まれない場所です。だから歩いたことがない。 それが暗渠散歩の価値の全部です。
見分け方
慣れると地図と現地の両方でわかるようになります。手がかりはだいたい決まっています。
- 不自然に細く蛇行する道。 周囲が直線的な区画なのに、その一本だけがくねっている。 いちばん強い手がかりです。
- 緑道。 遊歩道として整備されている細長い公園は、ほぼ確実に元・川です。
- 橋の名前と親柱。 川がないのに「〇〇橋」という交差点名やバス停名が残っています。 欄干の親柱だけが歩道の端に立っていることもあります。
- 谷底。 両側から下ってきて、その道でいちばん低くなる。自転車で走ると一番わかります。
- 古地図との一致。 明治期の地図と現在の地図を重ねると、線がそのまま残っています。
最初の一本としては、渋谷川周辺、桃園川緑道、蛇崩川緑道、烏山川緑道と北沢川緑道あたりが おすすめです。自治体の資料でも確認しやすく、今でも通して歩けます。
地図の上で何が起きるか
歩くと、自分の周囲およそ30メートル幅の帯が明らかになります。5キロの暗渠をたどると、
5,000 m × 30 m = 150,000 m² = 0.15 km²
数字としては、普段の散歩と同じです。違うのは中身のほうです。
いつもの散歩コースは、すでに明るい部分の周りをなぞります。既存の線と重なるので、 5キロ歩いても新しく増える面積はほとんどありません。暗渠は格子を斜めに横断する線なので、 自分の生活圏の線とほぼ一度も重なりません。同じ5キロが、まるごと新しい面積になります。
仕組みの詳細は現実版の戦場の霧に、 面積の計算方法は自分の街を何パーセント歩いたかに 書きました。
通勤と組み合わせる
暗渠散歩の弱点は「わざわざ出かける計画」になりやすいことです。計画が要るものは続きません。
そこで使えるのが、一駅歩くとの組み合わせです。 自宅と最寄り駅、あるいは隣の駅との間に暗渠が通っていないかを一度だけ調べておきます。 東京の場合、かなりの確率で通っています。
通っていれば、それ以降は「帰りに一駅手前で降りて、暗渠沿いに帰る」だけです。 出かける計画はゼロ、所要時間は15分、そして毎回まったく違う場所を歩くことになります。
正直に書いておくこと
暗渠は必ずしも歩きやすくありません。 緑道として整備された区間は快適ですが、 未整備の区間は車止めだらけの細道だったり、私道のように見えたり、行き止まりだったりします。 夜は暗く、人通りもありません。最初は整備された緑道から始めるのが無難です。
そして地形の趣味としては、この記事はかなり浅いです。 暗渠には水系、地質、 土地利用まで含めた深い読み方があって、それは専門の本の領分です。ここで扱ったのは 「歩くコースとして使う」という一面だけです。
最後に、霧が晴れるのは屋外でGPSが動いているときだけです。地下や屋内は歩数は増えても 地図は変わりません。暗渠は地面の下ですが、歩くのは地上なので問題ありません。 FogbreakerはiOSとAndroidで無料、領域機能もすべて無料です。
